川上次郎の生い立ち

私、川上次郎は茨城県の片田舎に生まれ落ちた。
四人兄弟の末っ子として過ごし、幸か不幸か何不自由ない生活を送り今に至る。

このサイトは私川上次郎のメモ書きのようなサイトであって、他人の承認のためのサイトではない。
そんな私の戯言でも読みたいという人にだけ是非読んでほしい。

4/16

やっと暖かくなり、桜が咲き始めた。
しかしながら、吹く風は未だ冷たく、いつになったら本当の春がくるのだろうかとただただ待つだけである。

庭のネコがにゃーと鳴き折角の晴天なので私も外に出てみるかとつられてでてみるとしよう。
私には毎回通る決められたルートがあり、外を散歩したり、出かけたりするときは必ずそのルートを通る。これしか道がないというわけではない。

最近の区画整理の影響で新しい道が次々出来ている。
駅に向かうにはそれらを選択し、経由した方が効率的であろう。

しかし、私はそれを選択しない。
何も楽しみもない無機質なコンクリの道路を通り駅に向かうくらいならば少し荒れており時間もかかるが筑紫やたんぽぽといった植物や綺麗な川といった生きているものの美しさを感じることのほうがどれほど有意義かと考えるからである。

人生というものは急ぎ過ぎてもいいことなどない。
最近の若者は遠回りするのを嫌うように感じる。

何でも機械で解決でき、私が少年であった時代では信じられないような生活を送っているのだから仕方がないのかもしれない。私からしたら彼らは宇宙人とおなじである。
きっと私が少年時代大人だった人々も同じことを考えていたに違いないだろう。
私の時代はそんなハイテクなものなどなかった。

しかし、私は苦労しながらも幸せに生きていたように感じる。
テレビを見た時にはどれだけ興奮したことだろうか。

私の時代の人間は些細な事にも楽しみを見出せる人間が多かった。
しかし、なぜ最近の若者はあんなにも固く、暗いのだろうか。
ご飯を食べるにも友達と遊ぶにもあの四角の電話を持っているように感じる。友人と話すよりもきっとあの電話をいじるほうが楽しいのであろう。

だが、彼らの表情は固まったままである。

きっと彼らは孤独でないにも関わらず、孤独と感じ満たされぬ渇きを必死にうるおそうと頑張っている。

大切なものは目の前にあるはずなのに。
今はそれでもいいかもしれない。

でも自分が年をとり、もっとあの人と話したかったと感じるようになる。

そして、その時やっと気づくだろう。
本当に自分がするべきはなにであったかと。

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